鈴木 哲
TETSU SUZUKI
福島高校屈指の野球選手
福島高校野球部の歴史をを語るうえで、鈴木哲さんは忘れてはならない人物の一人です。
本校から慶応大野球部、当時の社会人の名門チーム・熊谷組へ。
1988年のソウルオリンピックに出場した、本校卒業生初のオリンピアンであり、初のプロ野球選手。
慶応義塾大学で東京六大学リーグ通算48試合登板、18勝10敗、防御率2.74、199奪三振を記録。
卒業年のドラフト前に熊谷組入社を発表していたためドラフト指名はなかったものの、巨人、中日がドラフト1位で検討していたそうです(ネットの記事)
1989年、西武ライオンズからドラフト2位指名を受けて入団、その後広島に移籍、さらに再び西武ライオンズへ。
通算84試合に登板して7勝、プロ時代の後半は中継ぎとして活躍。
パ・リーグでの勝利はすべてロッテ(現在の千葉ロッテ)からの白星。
「得意だったのですか?」とお聞きしたところ、
「たまたまそういうめぐり合わせでした」
とのことです、セ・リーグ時代は「巨人にはあまり打たれていなかった」とのことですが、何故か巨人戦にはあまり縁がなかったということで、こちらもめぐり合わせでしょう。とおっしゃっておられました。
日本代表としてのエピソード
ソウルオリンピック(野球は公開競技)本戦背番号は14。
投手陣には野茂英雄、潮崎哲也、石井丈裕、吉田修二、渡辺智男などがおり、捕手には古田敦也、野手にも野村謙二郎、中島輝士、笘篠賢治など、後にプロ野球で活躍する選手と共に戦い、決勝でアメリカに敗れたものの、見事準優勝に輝きました。
大学時代に日本代表に呼ばれた時、慶大のハワイ遠征と重なり「ハワイに行きたい~!」と思ったそうですが、強化試合などで海外遠征もあり、そこは良かったとのこと。
野茂、古田といったNPBの歴史の中でも屈指の選手と一緒の代表のお話もお聞きしましたが、NGも多いので機会がございましたら直接お聞きください。
現在の活動状況
2025年の福島市議会補欠選挙で当選、市議会議員としてスポーツの力がもたらす地域の活力、子どもたちの健全な育成、安心・安全なまちづくりといったことをテーマに、これまでの経験を重ね合わせながら取り組んでおられます。競技者として培った「継続する強さ」や「相手を思いやる視点」は、政治の現場でも人をつなぐ力になっているはずです。
また、市議会議員の顔とは別に、野球関係のお仕事も始められたとのこと。
今後、またご紹介していければと思います。
