序章
平成25年3月。篠木雄司(高33回卒)は母校を訪れていた。
所用を終えて校舎の外に出ると、だいぶやわらかくなった陽の光の中で、野球部の選手が何人かグラウンドに出て準備を始めていた。
卒業生を送り、まもなく新入生を迎える季節。110年を超える母校の歴史の中で繰り返されている希望に満ちた季節。
しかし、篠木には母校に行くたびに胸が痛むことがあった。
二年前、平成23年3月11日。 福島県沖を震源とした観測史上最大のマグニチュード9.0の地震により、母校の校舎は甚大な被害を受けた。
この年に入学した生徒たちはこの春、新三年生となる。
彼らは入学以来、テニスコートの上に建てられた仮校舎や体育館での授業を強いられてきた。
校舎の改築が始まって以降は、校庭も満足に使えない。校舎改築の進行は遅れており、彼らはこの状況のまま受験を迎え、そして卒業することになってしまった。
「信陵健児の雄姿見よ」校歌にあるフレーズ。
篠木の目には、彼らの姿は「雄姿」そのものに感じられた。
「厳しい環境の中で学び、卒業していく彼ら後輩たちに福島高校で学んだ誇りを持ち、これから復興していく福島の力となって欲しい。」
そのために、自分たちが立ち上がる時ではないか。
頭の中で、カチリとスイッチが入った気がした。
そっと吹いた春を呼ぶ風の中、敷地内に並ぶ梅の木から、かすかな梅の香りがしていた。
【 梅 】
篠木の卒業回数は、高33回。
この33回卒業生の有志は、平成20年より毎年12月に「須賀川支援(養護)学校医大校」へ訪問を行っている。
サンタクロースのコスチュームを纏い、カラーコンタクトで青い目となってタレントのなすびさんや、ソチパラリンピックのアルペンスキー男子回転で金メダルを獲得し、県民栄誉賞を受賞した鈴木猛史さんなどと一緒に訪問し、子どもたちを喜ばせている。
この活動のため、メンバーは一~二か月に一度定期的に会合を持っていた。
篠木はそのメンバーに、思いを告げた。
「それはいい、何かをやるべきだ。」
「何をする?」
福島高校の徽章は梅。
梅の木を贈るのはどうだろう? 意見がまとまった。
次の話題は、梅の木はどこからもってくるのか?ということになった。
湯島天神など、候補が上がったが、学問の神様と言えば、菅原道真・太宰府天満宮である。
「太宰府はどうだろう」
「よし、それでいこう」
太宰府の梅の木を福高の敷地に植樹しよう。ということになった。
こうして、33回卒の有志の想いから出たアイディアは、運命的な人と人との繋がりを経て、多くの同窓生と周りの人たちに支えられ、天神様に導かれた「平成の飛梅」として「門外不出」と言われた太宰府天満宮の梅が恵与されるという物語になっていく。
~続く~